現象論モデルは何を成し遂げ、どこで行き詰まるのか
板材の塑性加工において、材料の応答を記述する道具は長らく現象論的な降伏関数でした。Hill が1948年に示した異方性降伏関数は、圧延によって生じる面内異方性を、直交異方性の仮定のもとで少数の係数によって表す枠組みを与えました。以後の展開——二次形式からの離脱、応力空間を線形変換して写す形式の導入——は、記述できる降伏曲面の形状を段階的に拡張してきました。
この系譜が成し遂げたことは、まず正当に評価されるべきです。引張試験から得られる r 値と降伏応力比という、工業的に取得可能な少数の量から係数を決定でき、それによって深絞りや張出しの成形解析が設計の現場で日常的に運用されるようになりました。円筒深絞りにおける耳の発生位置のように、かつて経験則で扱われていた現象が、計算によって事前に判定できるようになっています。板成形 CAE という産業基盤は、この枠組みの上に成立しています。
行き詰まりは、三つの異なる水準で現れます。
第一に、精度の向上がパラメータ数の増加と引き換えになっています。係数を増やせば降伏曲面の形状は実測点に近づきますが、同定には二軸引張や面内せん断を含む多軸試験が必要になり、試験片形状と装置の制約を受けます。係数が増えるほど、実験のばらつきがどの係数に配分されるかは一意に決まりにくくなります。そして同定は、材料が変わるたびに繰り返されます。
第二に、変形経路が変わったときの外挿が効きません。単調な変形のもとで同定された関数形を、予ひずみを与えた後の再負荷や多工程の成形に持ち込むと、予測は系統的に外れます。これに対しては、硬化則の側に移動硬化や交差硬化の構造を追加することで対応が図られてきました。裏を返せば、新しい現象が見出されるたびに、記述する項を足していく形で枠組みが拡張されてきたということでもあります。
第三に——そしてこれが最も本質的ですが——現象論モデルは現象を記述していますが、説明してはいません。降伏関数の係数は実験から逆算された数値であり、なぜその値になるのかを関数自身は答えません。予測とは同定した範囲の内挿であって、その外側での挙動は保証されません。新材料の開発において問題になるのは、まさにその外側です。
さらに、板成形で最終的に問われる量は、応力とひずみの対応関係そのものではありません。一様に進んでいた変形が、どこかで一様でなくなります。その転換が始まる点こそが問題になります。変形の局所化を分岐現象として捉える定式化は古典的に確立しており、構成関係の接線剛性と不連続面の法線から定まる音響テンソルが特異となる条件として書かれます。しかしこの条件を評価するには、その点における接線剛性が必要です。現象論的な降伏関数は、その接線剛性を、仮定した関数形の微分構造によって与えています。
ここで問いの性格が変わります。応答をよく再現する関数と、分岐を正しく与える関数は、同じものであるとは限りません。降伏曲面の形状がよく合っていることは、その点における微分構造が正しいことを意味しません。そして後者は、前者ほど実験によって直接には拘束されていません。
結晶塑性という代替と、その代償
前節の最後に置いた問題は、接線剛性が仮定した関数形から来ているという点でした。では、仮定するのをやめて、変形の機構そのものから導けばよいのではないか。結晶塑性理論はこの問いに対する答えです。
金属の塑性変形は、結晶格子の特定の面と方向に沿ったすべりによって進みます。結晶塑性理論は、この機構をそのまま出発点に置きます。各すべり系に働く分解せん断応力が臨界値に達したときにすべりが生じるとし、多数の結晶粒の応答を集めて多結晶体としての挙動を得ます。運動学的な枠組みは 1960 年代から 1970 年代にかけて整備され、有限変形下での定式化が確立しました。
この立場が可能にしたことは、決定的です。異方性を仮定しなくてよくなりました。圧延によって形成された集合組織を入力として与えれば、面内での r 値の分布も、円筒深絞りにおける耳の発生も、計算の結果として現れます。降伏曲面の形状を関数として与える必要がありません。さらに、変形の進行とともに結晶方位は回転し、集合組織そのものが更新されます。変形経路が変わったときの応答が、追加の項としてではなく、機構から出てきます。パラメータも、臨界分解せん断応力や潜在硬化のように、結晶レベルで意味を持つ量になります。
しかし、代償があります。
計算コストは最も分かりやすい代償ですが、本質的なものではありません。計算機は速くなり続けており、均質化の手法も整備されています。より深刻なのは、残る二つです。
第一に、パラメータの同定が困難です。臨界分解せん断応力と潜在硬化行列の成分は、マクロな応力ひずみ曲線から一意には決まりません。異なる組み合わせが、同じマクロ応答を与えます。結晶レベルで意味を持つ量になった代わりに、その量をマクロな試験から取り出す道筋が失われました。
第二に、理論はしばしば速度依存型の形式で用いられます。材料応答が変形の速さに依存する形で定式化する、という意味です。そしてこれは、材料の粘性を表現するために選ばれたのではありません。
速度に依存しない定式化には、古くから知られた困難があります。多結晶体の任意の変形を実現するすべり系の組み合わせは一意に定まらず、どの系が活動しているかを決める問題が不定になります。Taylor が 1938 年に多結晶体の変形を論じて以来、この不定性は繰り返し議論されてきました。
これに対する実務的な解決が、すべり速度を分解せん断応力のべき乗として与える構成式です。この形式のもとでは、すべてのすべり系が常にわずかに活動します。どの系を選ぶかという問題そのものが消えます。この定式化は極めて有効で、結晶塑性有限要素法が広く使われるようになったのは、これによってです。
注意すべきは、そこに現れるひずみ速度感受性が、室温での鋼やアルミニウムの準静的な変形において実際に観測される値とは限らないという点です。多くの場合、それは計算を安定させる強さを決める量として選ばれます。批判ではありません。有効な工学的判断です。ただし、何が行われているのかは正確に理解しておく必要があります。
そして、この選択には帰結があります。速度依存型の定式化のもとでは、活動しているすべり系と活動していないすべり系の境界が消えます。すべての系が、常に非ゼロの速度を持ちます。この違いは、降伏曲面上の一点における微分構造の違いとして現れることが古典的に知られています。すなわち前節で問題にした接線剛性が、材料そのものではなく、定式化の選択によって変わることを意味します。
局所化の発生を判定するために必要だったのは、まさにその接線剛性でした。
実験は何を見ているか
計算の側に決着がつかないのであれば、実験で確かめればよい。これは自然な考えです。しかし実験の側にも、同じ深さの問題があります。
まず、応力は測れません。測定できるのは荷重と変位、あるいは表面の変位場です。単軸引張試験で応力と呼んでいる量は、荷重を断面積で割った数値であり、その計算は応力が試験片の中で一様であるという仮定に依存しています。この仮定は、変形が一様である限りは十分に成り立ちます。
問題は、私たちが知りたいのが、まさにその一様性が失われる瞬間だという点です。局所化が始まると、応力を求めるために使っていた前提が同時に崩れます。現象が測定の条件を壊すため、最も知りたい領域で、測定の意味が最も曖昧になります。
画像相関法(DIC)は、この状況を大きく変えました。試験片の表面を撮影し、模様の対応を追跡することで、変位場が全視野で得られます。一様性を仮定せずにひずみ分布が求まるようになり、局所化の観察は格段に進みました。今日、成形性に関わる実験の多くはこの手法を前提としています。
しかし、変わらなかったこともあります。
得られるのはひずみであって、応力ではありません。応力場を求めるには構成則が必要です。つまり、検証したい対象を、測定の過程に持ち込むことになります。この循環は完全には避けられず、どこかで仮定を置く必要があります。
分解能には下限があります。変位を求める際には画像上に一定の大きさの領域を取る必要があり、ひずみを得るにはさらに微分の操作が入ります。微分は必ず平滑化を伴います。局所化した領域の幅がその大きさに近づくと、測定は局所化を鈍らせる方向に働きます。集中した現象ほど、測りにくくなります。
見えているのは表面です。板厚方向の内部で何が起きているかは、直接には得られません。表面のひずみから内部を推定するには、やはり仮定が要ります。
そして、局所化の開始点は測定されるのではなく、定義されます。ひずみ分布の不均一さがどの程度になった時点を開始と呼ぶか。閾値の取り方によって、開始のひずみは変わります。異なる研究が異なる値を報告するとき、その差が材料の差なのか判定基準の差なのかは、注意深く見なければ分かりません。
さらに、前節までで必要とされていた量は接線剛性でした。これは応力の増分とひずみの増分の関係であり、ある一つの負荷経路に沿って測った応答曲線の傾きは、その関係のうち一方向の情報しか与えません。多方向の情報を得るには、変形の経路を途中で変える試験が必要になります。二軸試験機、十字形試験片、予ひずみを与えた板からの再切り出し。いずれも試験片形状の設計と装置の制約を受け、切り出しを伴う方法では、その間に材料が経てきた状態の一部が失われます。経路を折った直後の応答は、最も知りたい量であると同時に、最も測りにくい量です。
ここから見えてくるのは、計算と実験のどちらが正しいかという構図ではありません。両者は異なる量を見ています。計算が出力するのは、仮定した機構の帰結として得られる場の全体です。実験が与えるのは、限られた分解能で観測された表面の変位と、仮定を通じてそこから逆算された量です。一致したとしても、それはモデルが正しいことだけを意味するのではなく、何をどのように測ったかにも依存しています。
したがって問われるべきは、実験によってモデルを検証することではありません。計算の出す量と実験の測る量が、同じものを指していると言える条件は何か。この問いを明示しないまま両者を突き合わせても、比較は成立しません。
仮定するか、導くか
三つの節を通じて、同じ問いが残りました。接線剛性は、どこから来るのか。
古典的な塑性論では、この問いに一つの答えが用意されています。降伏曲面が滑らかであると仮定し、塑性ひずみ増分の方向を曲面の法線方向に取る。この二つを置いた時点で、接線剛性の構造は決まります。応力増分がどの向きに加わっても、塑性変形が生じる方向は変わりません。
この枠組みは強力です。少数の仮定から構成関係が一意に定まり、数値計算は安定し、実装は明快になります。板成形 CAE の大部分は、この上に成立しています。
ただし、これは仮定です。導かれた結論ではありません。
増分の方向によって応答は変わるのか
実際の材料では、負荷の方向を変えたときの応答が、滑らかな曲面から予想されるものと一致しない場合があることが、古くから指摘されてきました。応力増分の向きによって接線剛性が変わる性質は増分非線形性(incremental nonlinearity)と呼ばれます。この概念は地盤材料の分野で Darve らによって体系的に扱われてきたもので、金属材料でも同じ構造が問題になります。そしてこの性質を組み込んだ構成関係は、接線剛性を与えるもう一つの道筋になります。
降伏曲面上のある点に角があれば、その点における応答は増分の方向に依存します。角があるかどうか、あるとすればどの程度のものかという議論は、1960 年代から続いています。金属材料でこの問題が具体的な形で現れたのは、局所化の予測が実測と合わないという場面でした。Budiansky は塑性座屈の解析において、Stören と Rice は平面応力下の板材において、滑らかな降伏曲面と法線則に基づく定式化が局所化の発生を実測より遅く予測することを示しています。そして両者はいずれも、理論的な整合性の点では劣るとされてきた変形理論のほうが、この予測についてはよく合うことを指摘しました。理論としての体裁と、予測の当たり方が一致しない。この居心地の悪さが、論争の出発点の一つになっています。
この議論は、まだ決着していません。
なぜ決着しないのか
理由は、これまでの三節にすべて含まれています。
第3節で述べたとおり、微分構造は実験から直接には決まりません。降伏曲面の形状は多くの試験によって拘束できますが、ある一点における応答を、増分の方向を変えながら多方向にわたって測ることは、試験片の設計と装置の制約のもとでは容易ではありません。応力増分方向依存性は、それを見るための試験そのものが難しい量です。
第2節で述べたとおり、計算の側では定式化の選択が微分構造を決めてしまいます。速度依存型の形式を選べば角は丸められ、増分方向への依存は消えます。速度非依存の形式を選べば角は残りますが、どのすべり系が活動しているかを決める問題に直面します。どちらを選ぶかが、そのまま答えを決めてしまう。
第1節で述べたとおり、現象論的な関数形を選ぶことも、同じ選択を別の場所で行っているにすぎません。
つまり、仮定するか導くかという分岐点が、分野の中に残されたままになっています。
何を予測の対象とするか
もう一つ、区別しておくべきことがあります。
板材の破断という現象は、多くの要因が重なった結果です。析出物や介在物の分布、板厚方向の不均一さ、加工履歴に応じた損傷の蓄積。これらをすべて含めて破断の限界を予測することは、それ自体が大きな課題です。
一方で、その手前に、より明確に定義できる転換点があります。一様に進んでいた変形が、一様でなくなる瞬間。これは分岐という数学的に定義された現象であり、構成関係の接線剛性が決まれば判定できます。
破断ではなく、局所分岐の発生を対象とする。この選択によって、問題は「材料のあらゆる不完全さをどう扱うか」から「構成関係の微分構造をどう決めるか」に絞られます。前節までの問いが、そのまま予測の問題になります。
この分野には、まだ決まっていないことが残されています。私たちが取り組んでいるのは、その一つです。