形状と構造のデザイン

力学原理に基づくスプリングバック補正システム

springback 
 地球環境保全意識の高まりとともに省エネ化,低エミッション化が期待されており,特に自動車業界においては軽量化への要求が厳しくなっている.構造体として必要な強度を落とさずに軽量化する手段として,従来鋼よりもはるかに強度の高い高張力鋼板の適用が進んできているが,これらの材料は高強度ゆえに大きなスプリングバック(弾性回復による跳ね返り)を生じるため,加工時の扱いが困難である.近年のシミュレーション技術の発展とともに,スプリングバック予測精度が向上してきているものの,予測結果を実際の対策・設計に結びつける方法論は十分に研究されていない.
 従来のスプリングバック補正手段では,主にスプリングバック量を見込んだ金型形状修正が行われている.この場合は満足のいく解が得られる保証が無く,設計者の介入する余地も少ない.我々が開発している力学原理に基づくスプリングバック補正システムは,金型形状や加工条件の変更も含む様々な設計案を簡易に検討できるようなヴァーチャルエンジニアリング(VE)システムである.今後は我々のシステムを逆問題フロー(目的形状→成形条件)の中に組み込み,一種の最適化システムとする.これによって従来は熟練技術者の技能によって解決してきた複雑な問題であっても,設計行程の一層の効率化とデザインの高度化が進むことが期待される.

 


 

簡易クラッシュシミュレータによる設計初期段階の意思決定支援システム

 設計の初期段階では様々な設計案の中から設計方針を絞り込んでいくことが行われる.後になってから基本構造などを見直すことは,時間的にもコスト的にも大幅なロスであるため,初期の方針検討は非常に重要である.
 自動車においては,衝突安全性とともに燃費の向上や乗り心地などが高いレベルで要求されるために,これらを達成できる基本構造の設計が課題となっている.特に衝突安全性に関しては,衝突試験の実施が欠かせないが,変形が瞬時であること,多大なコストを要すること,問題点の発見はできるが直接的には改良案の創出にはつながらないといった問題点がある.実験の代わりとして有限要素法解析(FEA)が行われているが,計算時間が長いことと,メッシュの準備や変更が大変であること,そしてやはり解析結果を解釈して設計案や改良案を考え出すのはあくまで人間の設計者であるという点が課題であると考えられる.トポロジ最適化によって最適な構造案の検討もできるが,設計変数が多くなると複雑な問題に対しては計算コストの点で有利ではない.我々は,自動車の基本構造設計の初期段階での設計案の絞り込みに使われることを主な目的としたVEシステムとして,簡易クラッシュシミュレータに関する研究を行っている.方法論としては,モデル化が単純で計算が高速なバネマスネットワークを用いている.トポロジが拘束される点,バネマスパラメタと実際の構造体の材料特性や幾何形状との関連づけが困難な点,衝突の際に生じる塑性域を含む大変形領域の取り扱い等が具体的課題である.

 


 

生物規範型デザインシステムに関する基礎的研究

 構造物をより高強度かつ軽量化するためには,既存の設計手法ではいずれ限界が来ると考えられる.従来の手法では,例えば構造最適化のように機械構造の一部の設計変数を取り扱うものが多く,全体の形状や材料特性を取り扱うことは困難である.すなわち材料力学と最適化法に基づく方法論は,ある部材形状の最終的な形状と寸法を絞り込んでいく過程においては有用であるが,増大する計算量の問題と,得られる解が最初に設定した変数の組み合わせから逃れられないという問題が生じる。
 そこで我々は目先を変えて,生物規範型の構造デザイン手法が確立できないか検討している.従来から生物の形態を模倣する研究事例はあるが,形や表面性状を模擬するといった,表面上の模倣に留まる場合が多い.生物の材料微細構造,各部位ごとの機械特性,形状,機能等を総合的に捉え,従来の設計では避けられるような力学的・幾何学的不均質さを積極的に活用できるようにすることを目指す.